運動ニューロン疾患における無意識な唾液の流出に対する治療法

レビューの論点

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とも呼ばれる運動ニューロン疾患(MND)における唾液の流出に対する治療効果を評価した。

背景

無意識の唾液の流出(流涎)は、嚥下困難のために運動ニューロン疾患(MND)の多くの人々がもっている症状である。現在の流涎管理には、吸引、薬物治療のほか、唾液腺(耳下腺、顎下腺)へのボツリヌス毒素注射、唾液腺への放射線治療、唾液腺管を縛る手術などの侵襲的なアプローチが行われている。本レビューは2011年に発表された初回レビューの更新版である。

研究の特性

コクランレビューの著者は、本レビューに含めることができる4件の試験を特定した。

1件目は、運動ニューロン疾患(MND)の20人が左右の唾液腺にボツリヌス毒素またはプラセボ(ダミー治療)の注射を1回ずつ受けたものである。

2件目の研究では、ボツリヌス毒素と放射線治療を比較したが、盲検化(参加者もスタッフも、実際の治療が行われたのかプラセボが投与されたのかを知らない)はされていない。全ての結果は患者の意見が反映されているため、多少の不確実性がある。さらに、研究者は20人のグループで5回のボツリヌスと3回の放射線治療について検証しており、結果の解釈を困難にしている。

3件目の試験は、臭化水素酸デキストロメトルファンと硫酸キニジンの組み合わせであるDMQのクロスオーバー試験である。試験に参加した60人の運動ニューロン疾患(MND)患者は無作為に2つのグループに割つけされた;一つ目のグループはDMQを約1か月間投与した後、約2週間の休薬期間を経て、約1か月間プラセボを投与した;二つ目のグループは1か月間プラセボを投与した後に休薬期間を経て、DMQを投与した。

4件目の研究では、重度の運動ニューロン疾患(MND)患者10人にスコポラミン(ヒヨスチン)パッチまたはプラセボパッチを投与した。2つの治療を7日間づつ実施して、治療期間の間に7日間の休薬期間を設けるクロスオーバーデザインを採用した。

主な結果とエビデンスの質

1件目の試験のデータでは、20人のエビデンスに基づき、ボツリヌス毒素注射はプラセボと比較して参加者が報告する唾液分泌の改善をもたらす可能性は示唆されたが、結果では効果がないことも示している。この研究はよく設計され、実施されたと思われるが、盲検化の維持が困難であることが判明した。これは、参加者の意見に依存する結果の測定に不確実性をもたらすものである。唾液量の測定などの客観的なテストは、患者にとってもスタッフにとっても大変な作業だが、非常に有用なデータを得ることができる。この研究では、ボツリヌス毒素が注射後8週目の平均唾液量をおそらく減少させるというエビデンスが示された。ボツリヌス毒素は、プラセボ注射と比較して副作用がないため、QOL(生活の質)への影響はわずかだと思われる。

DMQの試験では、21項目の患者報告式アウトカム指標から唾液、発話、嚥下のスコアが改善し、他の患者報告式アウトカム指標からは発話は改善したが唾液や嚥下は改善しなかったと報告された。この違いが、実際に重要な意味を持つほどであったかどうかは、何とも言えない。臨床医は、プラセボ治療期と比較して、DMQ治療期では参加者の顎関節機能(唾液、言語、嚥下を含む)が改善されたと評価する傾向があった。DMQの副作用は予想通りであり、最も多かったのは便秘、下痢、吐き気、めまいであった。DMQの副作用はプラセボと比較してそれほど多くないかもしれない。この研究では、QOL(生活の質)や嚥下に関する客観的な指標は測定されていない。この試験はよく実施されたと思われるが、盲検化が成功していたかは不明である。

ボツリヌス毒素と放射線治療、スコポラミン(ヒヨスチン)パッチに関する研究からのエビデンスは不確実であり、結論を導き出すことはできなかった。

ボツリヌス毒素、DMQ、あるいはそれらの組み合わせについて、さらなる研究が必要と思われる。今後の試験は、統計的に有意な効果を検出するのに十分な規模である必要があり、アウトカム指標についてはさらに研究が必要である。症例対照研究(一般にランダム化研究よりエビデンスの質が低い)で他の治療法が検証されたが、流涎に対する他の異なる治療法の有効性を比較するエビデンスはなかった。利用可能なさまざまな治療法を比較し、治療レジメンを最適化するためには、さらなる研究が必要である。

このレビューのエビデンスは2021年8月までのものである。

訳注: 

《実施組織》 堺琴美、阪野正大 翻訳 [2022.6.18]《注意》この日本語訳は、臨床医、疫学研究者などによる翻訳のチェックを受けて公開していますが、訳語の間違いなどお気づきの点がございましたら、コクランジャパンまでご連絡ください。なお、2013年6月からコクラン・ライブラリーのNew review, Updated reviewとも日単位で更新されています。最新版の日本語訳を掲載するよう努めておりますが、タイム・ラグが生じている場合もあります。ご利用に際しては、最新版(英語版)の内容をご確認ください。 《CD006981.pub3》

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