要点
顎関節症の患者に対して、スプリント(Occlusal splint)というマウスピースの一種を使用することで、治療を行わなかった場合と比較して咀嚼時の痛みが軽減する可能性があるが、その結果は非常に不確実である。また、スプリントが他の利益をもたらすというエビデンスはほとんど、または全くなく、この結果についても不確実である。
スプリントの使用や咬合調整(歯を削って咬み合わせを調整すること)が有益か、または有害かの明確なエビデンスを見つけ、他の治療法と比較した際の効果を評価するためには、さらなる研究が必要である。
顎関節症とは何か?
顎関節症(Temporomandibular disorders:TMD)は、顎の関節(顎関節)やそれを動かす筋肉に影響を及ぼし、痛み、開口量の減少、顎関節の音(クリック音)などの問題を引き起こすことがある。顎関節症は、顔の片側または両側の筋肉、関節、またはその両方が関係することがある。
咬合治療とは何か?
咬合治療とは、咀嚼時などの上下の歯を咬み合わせる時や、安静時における歯の接触状態を変化させる治療である。これは、スプリントを装着したり、歯を削るなどの調整(咬合調整)をすることによって行われる。スプリントは、その働きによって、スタビライゼーション(安定化)タイプ、レフレックスタイプ(前歯接触型、リラクセーション型とも呼ばれる)、およびリポジショニングタイプに分類される。
何を調べようとしたのか?
顎関節症患者に対する咬合治療が、治療を行わなかった場合、または他の治療を行った場合と比較して、どの程度効果的であるかについて調査を行った。
何を行ったのか?
研究論文のデータベースから、ランダム化比較試験(RCT)のみに対象を絞って検索を行った。RCTは、類似した患者グループに対する治療の有効性を評価するために最も適した方法である。RCTでは、参加者が無作為にある治療群と別の治療群、または治療を受けない群に割り付けられる。このような研究は「盲検(blind)」つまり、誰がどの群に属するかは、試験に関与する医療従事者も参加者も把握していない状態で実施されるのが理想的である。
研究の検索に際し、顎関節症に対する咬合治療について、治療を行わなかった場合、または別の治療を行った場合とを比較した研究を見つけることを目的とした。評価項目は、顎関節の痛み、安静時と運動時における筋肉の痛み、不快感、顎関節のクリック音の強度と頻度、治療後の顎関節症の再発、生活の質(QOL)、および満足度に対する効果とした。
研究の検索と選択、各研究から収集する情報の決定、研究のバイアスリスクの判断、および結果の信頼性の評価には、標準的なコクランの手法を用いた。
何を見つけたのか?
合計2,846人の男女が参加した57件の関連した研究が見つかった。研究期間は5週間から84か月間であった。以下の主な結果は、4.4週間から4か月間の研究に基づいている。これらの研究では、ハードタイプのスタビライゼーションスプリント(FHSS:full hard stabilization splint)を使用した治療を、治療を行わなかった場合、プラセボ(偽のスプリント:non‐occlusal splint)を使用した場合、理学療法、行動療法、鍼治療、および薬物療法を行った場合、または他のタイプのスプリントを使用した場合と比較し、評価していた。
主な結果
これらの研究では、さまざまなタイプの顎関節症患者が種々の治療を受けており、それぞれ別の方法で結果を評価していた。このため、それぞれの結果に結びついた患者数はわずかであり、利用可能なエビデンスに対する信頼性は低い。
顎関節症のタイプが研究によって異なっていたため、スプリントの使用が、プラセボや薬剤治療と比較して、顎関節症患者の咀嚼時の顎関節痛に影響を与えるかどうかは不明である。
スプリントの使用は、治療を行わなかった場合と比較して、咀嚼時の顎の筋肉の痛みを軽減する可能性があるが、エビデンスは非常に不確実である。レーザー治療と比較した場合、スプリントの使用が咀嚼時の顎の筋肉の痛みに影響するかどうかは不明である。また、治療を行わなかった場合、あるいは理学療法を行った場合と比較して、スプリントの使用が安静時の顎の筋肉の痛みに影響を与えるかどうかについても不明である。
治療を行わなかった場合と比較して、スプリントの使用が、顎関節のクリック音の程度に影響するかどうかは不明である。理学療法はスプリントの使用よりも関節雑音を軽減するのに有効である可能性があるが、エビデンスは非常に不確実である。また、スプリントの使用が、プラセボや顎のエクササイズと比較して、顎関節のクリック音の頻度に影響を与えるかどうかも不明である。
どのような作用機序のスプリントが他のものより効果が優れているのかについても不明である。
スプリントが不快感を軽減するかどうか、または顎関節症の再発を防止するかどうかについて報告した研究はなかった。
エビデンスの限界は何か?
ほとんどの研究デザインに問題が認められたため、エビデンスに対する信頼性は極めて低い。一例として、自身が受けている治療を把握している参加者がいたため、それが症状に対する感じ方や評価に影響を与えた可能性があった。また、すべての研究が、設定したすべての疑問についての結果を提示していたわけではなかった。このことは、研究結果の信頼性が低く、結果の解釈は慎重に行うべきであることを意味している。
本エビデンスはいつのものか?
2022年8月9日時点における検索に基づいたレビューである。
《実施組織》小泉悠、阪野正大 翻訳[2025.01.14]《注意》この日本語訳は、臨床医、疫学研究者などによる翻訳のチェックを受けて公開していますが、訳語の間違いなどお気づきの点がございましたら、コクランジャパンまでご連絡ください。なお、2013年6月からコクラン・ライブラリーのNew review, Updated reviewとも日単位で更新されています。最新版の日本語訳を掲載するよう努めておりますが、タイム・ラグが生じている場合もあります。ご利用に際しては、最新版(英語版)の内容をご確認ください。 《CD012850.pub2》